土曜日のお昼、伊勢えびをいただきました。前日「伊勢えびお好きですか?」と聞かれ、「はい、とっても
(さばいてあれば…)」と答えたところ、その方は翌日段ボール箱を抱えてやって来られました。
「まだ生きてます!氷水に入れると仮死状態になりますから、そこで腹側から包丁で…殻を取って、スプーンをこう、端のほうから入れるとポロッと身がはずれますから」
やる前からわかっています。
そんなうまくいきっこない…
希望があるとすれば段ボール箱の中で動く気配がしないということ。もう死んでるに違いない。軍手を買い、家路につきました。途中母に電話をし、「伊勢えびのお味噌汁のダシって何?」と聞いたところ、ちょうど妹も実家にいて、ふたりから「は〜?お姉ちゃんが伊勢えびをさばく?無理だって。できんって。もったいな〜い。後でまた報告してよ」とバカにされました。確かに私は死んだ魚さえおろしたことがありません。
『そんなことないもんっ
』と憤慨しながら、やる気満々で家に帰り着き、玄関のカギを開けようとしたその時、バランスを崩して段ボール箱を落としてしまいました。途端に箱の中でガサゴソと音が!!!でもすぐに静かになったので
『気のせい、気のせい』と自分を励ましながら台所に段ボール箱を置きました。
ガムテープを剥がします。ほら、やっぱり何の音もしない。開けると新聞紙でキレイにくるまれています。きっとこの中にはオガクズに包まれた伊勢えびが二匹くらい…意気揚々と新聞紙を開いていきます。
呆然としました。オガクズも何もない。
でっかい伊勢えびサマサマが五匹も!!!しかもにわかに動き出すではありませんか〜っ
!
久しぶりにパニック状態に陥りました。自分でも度を失っているのがよくわかります。心の中で思っていることが次から次へと独り言になって出てきます。「っていうか無理」「いや無理だって」「でか過ぎだってば」「動いてるよ〜ぎゃ。目が合った
」「足っ、足っ!昆虫じゃ〜ん
。うわ」そんなこと考えたら余計に怖いです。しばらくこのまま置いといたら死ぬのではないかと息を詰めて見つめていましたが一向におとなしくなる気配はありません。それどころかますます活発になり、他のえびを踏み台にして段ボール箱から這いずり出てくるのも時間の問題に思われます。
殺るしかあるまい。
一番大きなボールに氷水を作り、軍手をはめ…いざ段ボールへ。「やっぱ無理」ザリガニさえ触ったことがないのに、こんな大きなえびを鷲掴みにできようか!いやできまい。あ、反語だ。あ〜もう、
落ち着け〜落ち着け、私〜。軍手をはめたままの手で携帯を持ち、アドレス帳を開こうにも軍手が邪魔でボタンが押せません。軍手を外さないととかいう冷静な考えも浮かびません。しばらくして軍手を外し、知り合いに片っ端から電話するも、ほとんど出ません。呼び出している最中に、あ、こいつえび嫌いだったとか思い出してプツッと切ったり…そもそも電話をして、どうして欲しいのかもよくわかっていません。ベストなのはうちまで来て、もう一度段ボールに封をして、持ち帰ってくれることです。伊勢えびをもらったけどさばけず、海に放しにいったという近所の人の話が思い出されます。今ならその気持ちがとてもよくわかります。もはやワタクシ、段ボール箱に近づくこともできません。近づけるくらいなら殺ってます。「まさしく
『咳をしてもひとり…』」
ふと先ほど電話で聞いた母と妹の声がよみがえってきました。「無理無理」と鼻からバカにしている妹。「あ〜でも、あんた器用かしねえ。○○(妹のこと)でもタイばさばけるとやけん、できるとかもねえ」余計なプレッシャーをかける母。五年ほど前に先輩から言われた「おまえって気は強くないけど
負けず嫌いだよね〜」という言葉を噛み締めます。まったくその通り。あの口の悪い母と妹に「やっぱり無理でした」なんて言うくらいなら
豆腐の角に頭ぶつけて死にます。
恐る恐る段ボール箱に近づき、軍手をはめた手を伸ばします。サッと引っ込めては「やっぱりダメ」と言い、また自分を鼓舞しては手を伸ばし、また引っ込める。やっぱり胴体部分をつかむんだろうなとは思いつつ、最後の一手がどうしても繰り出せません。このままでは氷水がただの冷たいお水になってしまいます。『無理でしたなんて言うもんか〜っ
』心の中で叫び、
ついにえび捕獲!ぎゃ〜動く〜。
氷水の中に入れるとおとなしくなりました。ほ。頭を反対側に折る…っと。折れません。っていうか折ろうとしている自分が怖いです。何かコツでもあるのか?仕方ないので胴体との境目のところに包丁を入れ切り離そうとしました。
…動くし〜。なんとか切り離し成功。なんか身が収縮してるよ〜
。しかもまだ頭動いてるし〜
。
ここで時間をあけたらもう二度とできない気がしたので、すぐに二匹目に手を出しました。三匹目は水につけた瞬間あばれて、お水を跳ね上げてくれました。正直言ってこんなことをしている自分が怖いです。バラバラになりながらも生きているえびと目が合いました
。もう卒倒しそう。四匹目はやたらと触角が長かったので、先に切ろうとしたら、暴れられてしまいました。五匹目はなぜかつかむのが難しく、しかも水に入れた瞬間とてつもなく暴れたため、辺りは水浸しになりました
。
それでもなんとかすべて胴体部分と本体(?)部分を切り離し、まだ動く頭があまりにも怖いので、ふたつのなべに叩き込み、水を入れて、火にかけました。とりあえずこれで絶命したでしょう…ふうううう。
腹側から包丁で…というのは不可能だったので、料理用ハサミで両端を切っていって尻尾を切り落としました。しかし身がしっかりくっついていて殻がはずれないじゃないの。そりゃあそうか…皮と身がバラバラで生きてる生き物がいるわけないよね。少し余裕も出てきました。身と殻を無理に引き剥がそうとすると身が収縮して、まだ生きているのかと震え上がってしまったので、殻と身をハサミでチョキチョキ切ります。そこから先のスプーンは確かに大活躍でした。ポロッと、というわけにはいきませんが、けっこうあっさり身がはずれました。わたを取って(ツルツルっと引き抜けました)一口大に切って…
お刺身完成。
鍋の方もいいにおいがしています。あくを取ろうかとしているとふきこぼれてしまいました。よく考えると、恐ろしさのあまり洗わずに鍋に入れたので砂がジャリジャリと入っているようです。仕方なく一度えびを引き上げ、ガーゼ…がなかったのでハンカチで裏ごししました。えびをきれいに洗って、毒を食らわば皿まで、の意気込みで、頭を半分に割り、再度鍋に戻します。もう一回火にかけ、味噌を溶き入れて、
お味噌汁完成。
美味しかったです。もういらないって思うまで伊勢えびの刺身を食べてみたいと前々から思っていましたが、夢が叶いました。お味噌汁も素晴らしいお味でした。自分で作っといて何なんですけれど。
でも、でも、でも。もう疲れ果ててしまって、しかも、さっきまで生きてたのよね〜とか思うと、なんだか食がすすまないのです
。こんな繊細な気持ちが私にあったとは驚きです。半分くらい残しました。母に電話をして、「笑っちゃうくらい動揺したけど、できたわよ
。
私、何でもできちゃうの」と偉そうに報告(何もできなくていいから嫁に行け、といつものように言われながら…)。
夢に出てきそうだなと思いながら、伊勢えびの匂いが充満している部屋で、一週間の疲れを一日で取り戻すべく12時間連続睡眠し、起きぬけに再度伊勢えびづくしをいただきました。一日たつとすっかり疲れも恐怖も罪悪感もふっとび、とても美味しくいただけました
。でももうやらない。できるってことはわかったからもういい。
やっぱり伊勢えびは誰かにご馳走してもらうのが一番です…。