ロビーで豪華な花輪をいただいて、レセプションで名前を告げると、オーサーズ・ウィングという建物へ案内されました。
ここには
オーサーズ スイートがあります。直訳すると『作家のスイートルーム』、オリエンタルに滞在していた4人の作家の名前を冠した4つのスイートルームからなります。
初めてこのオーサーズ スイートのことを知ったのはいつだったか…。ホテルおたくになる前であることは間違いありません。もっとも実際に泊まることになるなんてその当時は想像だにせず、別世界への淡い憧れを持ったに過ぎませんでした。
そう。
『サヨナライツカ』にあれほど魅了されなければ、実現させる気もなかった夢でした。
オーサーズ・ウィングの1階には前出のオーサーズ・ラウンジがあります。眩いばかりの白を基調とした内装。真ん中を横切るようにしてオーサーズ スイート宿泊客のみが通ることができる階段を上ります。
左手奥へ進むと、ジョセフ・コンラッド スイートのドアと向かい合うサマセット・モーム スイートのドアがあります。
重厚な鍵です。20cmくらいはありますね。簡単に「失くしました」では済まされないと思ったので、外出時には必ずフロントに預けるようにしていました。ひとつしかないので妹との別行動が少々取りづらかったです。
この鍵がまた開けづらい
案内してくれた女性も苦笑いをしながら苦労して苦労して、やっと中へ入ることができました。コツがわかればそんなに苦労はしませんが。
なんてなんてなんてなんてなんて…!!!
そこはまさしく綺羅の空間
とんでもなく高い天井ではファンが回り、チャオプラヤ川が見える窓際には小さなテーブルセット。上には南国フルーツの盛り合わせとプチケーキセットとオレンジジュース。もうひとつの窓際にはローテーブルとソファ。上質だけど空間を邪魔しない程よい重厚さのライティングデスクにはファックスも完備。レターセットには私の名前が刻印されています。
お隣の部屋はもちろんベッドルーム。
あまりにも恐れ多くて隅々までの写真掲載は控えさせていただこうと思うのですが、このベッドルームはホテルのウェブサイトにも載っているからいいですよね?
写真で見たとおりではあるのですが、このワインレッドとゴールドで彩られた空間は、一種異様な雰囲気を醸しています。圧倒されました。語彙が少ないのがもどかしいのですが、「すっご〜い!すっご〜い!」を連発です。
しかし妹は最初からあまりいい印象を持っていなかったようです。「この部屋にずっといるとダメになりそうな気がする」と。私は憧れのベッドを前にしてあまりにも舞い上がっておりました。
翌朝私はともかく妹までもが珍しく朝寝坊し、そのうえ私は頭痛と胃もたれのため昼食を済ませると、バトラーに心配されながらソファで横になっておりました。
今になって思うと、危ないのです。やばいのです。確実にこの部屋は心のどこかを蝕みます。でもそれはとても甘美なことにも思えます。私は今のところまだ普通に仕事をしないと生きていけない身の上なので、蝕まれてはなりません。
私がこの部屋に名前をつけるとしたら『退廃』とでもつけたいところです。
更にその奥にはクローゼットや、洗面台、バスルームがあります。もちろんシャワーブースもあるし、バスタブは猫足。洗面台もバスルーム内とクローゼットにひとつずつ。
ここはひたすらにゴージャスで、キンキラキンではあるけれど、退廃の香りはしません。
ソファでチェックインを済ませると、担当のバトラーがやってきました。
ドアの外で「入ってよろしいですか」と聞いたまま本当にただ立っているという人を初めて見ました。用件を聞き、「どうぞ」というまで一歩たりとも部屋の中へは入りません。こちらが用があって呼んだ時でさえそうです。
挨拶をすませ、彼が出て行ったあとすぐにまたチャイムが鳴りました。なんだろうとドアを開けると、彼が「お茶を忘れておりました」と照れた笑顔を浮かべながら言いました。もちろんそこで手渡しすることもなく、「入ってよろしいですか」
あの笑顔は、今回の旅で第一位の素敵な笑顔でした。